コラム 2025.07.29

高齢者が歩くのが遅くなった理由 自然な老化?それとも注意サイン?

 

「最近、おばあちゃんの歩くスピードが遅くなった気がする」

「前はもっとシャキシャキ歩いていたのに…」
そんな変化に気づいたとき、あなたならどうしますか?

高齢者の歩行速度の低下は、加齢による自然な変化のひとつでもありますが、時には病気や身体機能の異常を知らせる「注意サイン」の場合もあります。

大切なのは、「年のせい」で片づけず、その背景に何があるのかを見極めることです。

 

歩行速度が遅くなるのはなぜ?

歩くという動作は、全身の協調運動です。

脚の筋力、関節の柔軟性、神経の働き、バランス能力など、複数の要素がうまく連携して初めて、スムーズな歩行が可能になります。どれか1つでも衰えれば、自然と歩く速度は落ちていきます。

以下に、主な要因を紹介します。

1.筋力の低下

特に太もも(大腿四頭筋)やお尻の筋肉(大臀筋)は、歩行の推進力に関与します。

これらの筋肉が弱ると、一歩一歩を踏み出す力が弱まり、歩幅が狭くなり、結果として歩行速度が遅くなります。

.バランス能力の低下

体のバランスをとる能力が低下すると、転ばないよう慎重に歩くようになります。

歩幅は小さくなり、歩行スピードは落ちます。これは転倒予防のための「自己防衛反応」でもあります。

3.関節の問題

変形性膝関節症や股関節症などの関節疾患があると、痛みや違和感を避けるためにゆっくりとした歩き方になります。

左右のバランスが崩れ、安定した歩行ができなくなることもあります。

4.神経系・認知機能の変化

脳の老化や軽度認知障害、初期のパーキンソン病などでも、歩行が遅くなることがあります。

足が上がりにくくなったり、歩行にリズムがなくなるなど、特徴的な変化がみられます。

歩行速度の変化が示す「健康状態」

歩行速度は、近年「健康寿命の指標」としても注目されています。

実際、歩くスピードが遅くなることで、以下のリスクが高まることがわかっています。

  • ・転倒・骨折のリスク
  • ・要介護状態になる可能性
  • ・認知機能の低下との関連
  • ・心血管疾患や死亡率の上昇

歩行速度は高齢者の生存率と強く関連しており、遅い歩行速度は全死亡リスクの上昇と独立して関連しています。

1)

○歩行速度の目安

~年齢~ ~平均歩行速度(m/秒)~
60代 約1.3m/秒
70代 約1.1m/秒
80代 約0.9m/秒

これよりも遅い場合、何らかの機能低下が始まっている可能性があります。ただし、個人差もあるため、普段と比べて「明らかに遅くなった」と感じることが大切な気づきのサインです。

厚生労働省資料年齢別体力基準値表

https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001239054.pdf

観察ポイントと家庭でできること

  • ・歩幅は狭くなっていないか
  • ・すり足になっていないか
  • ・足を引きずるように歩いていないか
  • ・歩き始めや止まるときにふらついていないか

こうした変化があれば、地域包括支援センターや医療機関、理学療法士などの専門家に相談することをおすすめします。

家庭でできることとしては、転倒しにくい環境づくり(段差を減らす、照明を明るくする)や、簡単な筋力トレーニング、散歩などの継続が有効です。

理学療法士からのメッセージ

「歩くのが遅くなったのは歳のせい」と片づけてしまうことは簡単です。しかし、その陰に隠れた“変化の兆し”を見逃すと、転倒・骨折・寝たきりへとつながる可能性があります。

理学療法士は、歩行速度の評価やバランス機能の分析、筋力測定を通じて、身体の状態を詳しく把握し、改善に向けた具体的なプランを提案することができます。

大切なご家族の「歩く力」を守るために、ぜひ一度、専門家によるチェックを受けてみてください。早期の気づきと介入が、元気に歩き続ける未来を支えます。

 

References:

1)Liu, B., Hu, X., Zhang, Q., Fan, Y., Li, J., Zou, R., Zhang, M., Wang, X., & Wang, J. (2016). Usual walking speed and all-cause mortality risk in older people: A systematic review and meta-analysis.. Gait & posture, 44, 172-7 . https://doi.org/10.1016/j.gaitpost.2015.12.008.