コラム 2025.07.31

バランス感覚が落ちてきたかも? 高齢者の身体変化とその背景を解説

「最近ふらつくことが増えた」「つまずきやすくなった」「なんとなく足元が不安定…」こうした高齢者の訴えを耳にする機会が増えていませんか?

実はこれらの変化には、年齢とともに生じる身体機能の低下が関係しています。

特にバランス感覚の低下は、転倒や寝たきりのリスクと直結しており、早期の理解と対応が重要です。

今回は、理学療法士の視点から高齢者に起こるバランス機能の変化とその背景、そして対応策について解説します。

バランスとはなにか?

バランス(平衡)とは、「身体の重心を支持基底面内に保つ能力」です。

私たちは立っているときも、歩いているときも、無意識にこの重心をコントロールしながら姿勢を保っています。この調整は以下の3つの情報に基づいて行われます。

 1. 視覚:目から入る周囲の情報

 2. 前庭感覚:耳の奥にある内耳で頭の位置や動きを感知

 3. 体性感覚:足裏の接地感覚や筋肉・関節の位置情報

これらの情報を脳が統合し、姿勢を維持したり、動きを調整しています。

○なぜバランス感覚は低下するのか?

高齢になると、この3つの情報処理や運動出力に様々な変化が起こります。

1.視覚機能の低下

老眼、白内障、視野狭窄などにより、足元や周囲の環境が見えにくくなります。視覚情報が不十分だと、バランス保持のための補正動作が遅れやすくなります

.前庭機能の衰え

加齢により内耳の前庭器官の感度が低下します。特に加速度や回転運動を感知する機能が衰えることで、頭の動きや位置変化への反応が遅くなり、ふらつきを感じやすくなります。

3.体性感覚の鈍化

糖尿病や加齢に伴い、足裏の感覚や関節の位置感覚が鈍ることがあります。足裏からの接地感覚が不明瞭になると、歩行時に地面の状況を適切に把握できず、つまずきやすくなります

4.筋力と反応速度の低下

特に下肢の筋力が低下すると、姿勢の崩れを瞬時に修正することが難しくなります。加えて、加齢に伴い反応速度も低下するため、転倒リスクが増加します。

○実際にどのくらい影響があるのか?

ある研究では、65歳以上の高齢者の約30%が1年以内に1回以上転倒を経験していると報告されています(日本老年医学会, 2018)。

また、転倒は骨折や寝たきりの大きな原因でもあります。中でもバランス機能が低下している高齢者は、そうでない人に比べて転倒リスクが2倍以上高いとも言われています(Lord et al., 1991)。

どうすれば防げるのか

理学療法士によるバランス評価とトレーニング

理学療法士は、身体機能評価に基づいて個別のトレーニングプランを立てることができます。特に以下のような運動は、科学的にも効果があるとされています

  • 片脚立ち訓練:(10秒×左右交互、1日3セット)
  • タンダム歩行:(綱渡りのように一直線に歩く)
  • スクワットやカーフレイズ:(筋力向上と足裏感覚の促進)

2020年のシステマティックレビューによれば、バランストレーニングを含む多面的な運動介入は、転倒発生率を30〜40%低下させる効果があると報告されています。

(Sherrington et al., 2020)

◎環境整備も大切

家庭内での転倒の約8割は、段差・滑りやすい床・暗い照明といった環境要因が関与しています。以下のような対策が推奨されます。

段落 

  • ・段差をなくす or 手すりを設置
  • ・滑り止めマットの設置
  • ・トイレや廊下の夜間照明を追加

◎まとめ

高齢者のバランス感覚の低下は、自然な老化の一部であると同時に、対策をとることで改善・維持が可能な側面も多く含んでいます

少しでも「最近ふらつくな」「転びそうになったことがある」と感じた場合は、そのままにせず、一度理学療法士などの専門家に相談することが大切です。

バランスは「失ってから」では遅い身体機能の一つです。早期の評価と適切な運動によって、「自分の足で歩き続ける」未来を守りましょう。

References:

・Lord SR, Ward JA, Williams P, Anstey KJ. Physiological factors associated with falls in older community-dwelling women. J Am Geriatr Soc. 1991.

・Sherrington C, Fairhall NJ, Wallbank GK, et al. Exercise for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database Syst Rev. 2020.

・日本老年医学会(2018)高齢者の転倒予防ガイドライン