「最近、お母さんがよろけるようになった気がする」「お父さんが立ち上がるのに時間がかかる」
ーーーそんな小さな変化に気づいたとき、それは転倒リスクのサインかもしれません。
高齢者の転倒は、寝たきりや介護が必要になるきっかけとなることが多く、決して見逃せない問題です。
厚生労働省のデータによれば、高齢者の要介護となる主な原因のひとつに「骨折・転倒」が挙げられており、その割合は13.0%にものぼります(令和4年度 国民生活基礎調査より)。
理学療法士として多くの高齢者を支援してきた立場からお伝えしたいのは、転倒は予防できるということです。そしてその第一歩は、家庭でのちょっとした気づきと工夫にあります。
◎転倒リスクの兆候を見逃さない
転倒の前には、いくつかの「前ぶれ」が見られます。
例えば、
- ・ 椅子からの立ち上がりに時間がかかる
- ・ 片足立ちで靴下を履けなくなった
- ・ 部屋の中でつまずくことが増えた
- ・ 歩幅が狭くなり、すり足になっている
これらは筋力やバランス能力の低下のサインです。
筋肉量は40歳を過ぎたあたりから徐々に減少し、特に下肢の筋力が落ちやすいと言われています。研究でも、高齢者の大腿四頭筋(もも前の筋肉)の筋力が著しく低下することで、日常動作の自立が難しくなることが示されています(Goodpaster et al., 2006)。
○家庭でできる!簡単な転倒予防エクササイズ
高齢者の筋力・バランス能力は、継続的な運動習慣によって改善可能です。
ここでは、家庭で無理なくできる予防策をいくつか紹介します。
1.かかと上げ運動(ふくらはぎの筋力強化)
椅子の背を持って、かかとをゆっくり上げてつま先立ちし、3秒キープ→ゆっくり下ろす。(10回×2セット)
→ふくらはぎの筋力強化で、歩行中のバランス改善が期待されます。
2.椅子からの立ち座り運動(大腿四頭筋の強化)
浅めに座り、手を使わずに立ち上がる→ゆっくり座る。(5〜10回)
→立ち上がる動作を安定させ、日常の転倒を予防します。
3.その場足踏み(股関節と体幹の安定化)
その場でゆっくり足踏み。膝をなるべく高く上げる。(30秒程度から開始)
→歩幅の改善と、体幹の安定に効果的です。
無理をせず、「できる範囲で」「毎日少しずつ」行うことがポイントです。
ご家族が一緒に声をかけて、励ましながら取り組むと、継続しやすくなります。立っているのが不安定な方は、壁や机に手をついて実施しても良いです。
○家の中の環境もチェックしよう
どんなに身体機能が保たれていても、家庭内の環境が不適切であれば転倒のリスクは高まります。以下のチェックリストを参考に、ご自宅を見直してみましょう。
- ・ 段差に手すりがついているか
- ・ 絨毯やマットの端がめくれていないか
- ・ 廊下や階段に照明がしっかりあるか
- ・ スリッパが滑りやすくないか
また、高齢者は夜間にトイレに行く機会も多いため、動線に夜間灯を設置することも転倒予防に有効です。
参考リンク:転倒を予防していつまでも元気に 理学療法士ハンドブック
https://www.japanpt.or.jp/activity/asset/pdf/handbook18_whole_compressed.pdf
○地域の専門職とつながることも大切
転倒予防は、家庭内だけで完結するものではありません。
お住まいの地域には、地域包括支援センターや介護予防教室など、高齢者を支える仕組みがあります。
特に、理学療法士などの専門職による評価や運動指導を受けることで、より効果的かつ安全に予防を進めることができます。
地域包括支援センターでは、転倒の不安や運動の始め方などについての相談窓口として機能しています。「どこに相談していいかわからない」という方は、まずは地域包括支援センターに連絡することをおすすめします。
◎「転ばせない」から「転ばない身体づくり」
高齢者の転倒を防ぐには、ただ見守るだけでは不十分です。
本人の身体づくりと、家族の理解と関わりがあってこそ、安心して暮らせる毎日が続いていきます。
「年だから仕方ない」とあきらめず、小さな不安や違和感を見過ごさず、今できることから始めてみましょう。私たち理学療法士も、地域の皆さんの健康寿命を支えるため、引き続きサポートしていきたいと考えています。
References:
・Goodpaster BH, et al. (2006). The loss of skeletal muscle strength, mass, and quality in older adults: the health, aging and body composition study. The Journals of Gerontology Series A: Biological Sciences and Medical Sciences, 61(10), 1059–1064.
・厚生労働省「国民生活基礎調査(令和4年)」