「介護予防」という言葉を聞いて、多くの方は「介護が必要にならないようにすること」と理解されるでしょう。しかし、この理解には重要な誤解が含まれています。
高齢者の運動機能とフレイル・サルコペニアの研究者の視点で考えると、「介護を完全に予防する」という発想自体が、実は介護予防の本質を見誤らせている、ということになるのです。
今回は、より深く「介護予防」を理解するためのご案内をします。
○介護予防の真の定義
介護予防とは、「要介護状態になることを予防する、あるいは要介護状態の悪化を防ぐこと」と定義されています。
ここで注目すべきは「悪化を防ぐ」という部分です。つまり、介護予防は「介護ゼロ」を目指すのではなく、「健康寿命をできるだけ延ばし、要介護期間を短縮し、たとえ要介護状態になっても重度化を防ぐ」ことを目的としています。
「介護が必要になったら失敗」と考えることは、かえって本人や家族を追い詰めてしまいます。
むしろ重要なことは、加齢という生物学的プロセスの中で、いかに機能を維持・向上させ、QOL(生活の質)を高く保つか、という点です。
○フレイルは“改善が期待できる段階”
2014年、日本老年医学会がFrailtyを「フレイル」と命名したことは、介護予防に大きな転換をもたらしました¹。従来の「健康」と「要介護」という二分法から、その中間段階としての「フレイル」という可逆的な状態を位置づけたのです。
研究によれば、フレイルと判定された地域在住高齢者のうち、適切な介入により約40%が健常状態に回復することが報告されています²。つまり、フレイルは「まだ間に合う段階」なのです。
これは「介護は予防できるか?」という問いに対する科学的な答えです。つまり、適切なタイミングで適切な介入を行えば、予防可能なのです。
○サルコペニアから見る介護予防の本質
サルコペニアとは、加齢に伴う筋肉量減少と筋力低下を指します。
研究では、40歳を過ぎると筋肉量は10年あたり約8%減少し、60歳以降はさらに加速することが示されています³。
重要なのは、サルコペニアが要介護状態の重大なリスク要因であることです。
サルコペニアを有する高齢者は、そうでない高齢者に比べて要介護状態に至るリスクが約2.3倍高いことが明らかになっています⁴。
しかし、ここに希望があります。筋肉は、何歳になっても適切な刺激(具体的には十分な負荷の筋力トレーニングとたんぱく質摂取)により増加することが証明されています。
例えば、ある研究においては平均年齢71歳の高齢者において、レジスタンストレーニングにより筋力が平均29%向上したことが報告されています⁵。さらに、90歳以上の高齢者でも8週間の筋力トレーニングにより筋力が174%向上したという驚くべき結果が示されているのです⁶。
○介護予防には「始めるべき時期」がある
介護予防の「始めるべき時期」それは、まさにフレイル期です。
研究では、フレイルの段階で取り組みを始めた人ほど、将来的な介護リスクが低いという事実が示されています⁷。
問題は、多くの方が「まだ大丈夫」と考え、手遅れになるまで行動しないことです。
「階段がきつくなった」「買い物袋が重く感じる」「疲れやすくなった」―これらはすべてフレイルのサインです。この段階で専門家の評価を受け、適切なプログラムを開始することが、介護予防の成功確率を劇的に高めるのです。
○運動・栄養・社会参加を組み合わせることが大切
介護予防は運動だけでは十分ではありません。体を動かし、必要な栄養をとり、人との関わりを保つ。この3つを組み合わせた取り組みが、最も効果的であることが研究で示されています。
これは、いずれか1つだけと比べてフレイル改善効果が約1.5倍高いことが報告されています⁸。これは、フレイルの3つの側面―身体的、精神的、社会的―が相互に影響し合うためです。
○介護予防における専門家の役割
理学療法士などの専門職は、身体機能を客観的に評価し、その人に合った安全で効果的な運動を設計します。専門家が関与したプログラムは、転倒予防や機能維持の効果が高いことが科学的に示されています。
ある研究では、理学療法士による個別指導を含む運動プログラムは、一般的な集団指導のみのプログラムに比べて、転倒予防効果が約1.6倍高いことが示されています¹⁰。専門家による適切な評価と指導が、安全性と効果の両面で重要であることが科学的に証明されているのです。
○自費リハビリという可能性
介護保険サービスでは対応が難しい「元気だが衰え始めている人」への早期支援こそ、将来の介護予防に最も効果的です。自費リハビリは、この重要な時期を支える手段として注目されています。
保険診療では、時間的制約や対象者の限定という課題があります。要支援・要介護認定を受けていない「元気な高齢者」や「フレイル予備軍」は、保険サービスの対象外です。
しかし研究では、この層への早期介入こそが、将来の要介護予防に最も効果的であることが示されているのです¹¹。
自費リハビリテーションサービスは、この空白を埋める重要な役割を担います。十分な時間をかけた包括的評価、個別プログラムの作成、継続的なモニタリングと調整、そして「健康増進」という前向きな目標設定が可能です。
経済的視点からも、研究では、要介護状態を5年遅らせることができれば、医療・介護費用の削減効果は極めて大きいことが示されています¹²。投資対効果という観点からも、早期からの専門的サポートの価値は計り知れません。
◎介護は予防できるのか?
この問いに対する答えは、「完全な予防は難しいが、大幅な遅延と軽減は可能である」です。そして、そのカギは「早期発見・早期介入・継続的サポート」にあります。
加齢は避けられませんが、老化速度は個人差が大きく、生活習慣や介入により大きく変えることができます。フレイル・サルコペニア研究の進展により、「何を、いつ、どのように」行えば効果的かが科学的に明らかになってきました。
重要なのは、「まだ大丈夫」という楽観を捨て、「今から始める」という行動です。そして、自己流ではなく、科学的根拠に基づいた専門家のサポートを受けることです。介護予防は、もはや精神論ではなく、科学なのです。あなたの未来の健康は、今日の選択によって決まるのです。
reference:
1.日本老年医学会. フレイルに関する日本老年医学会からのステートメント. 2014.
2.Gill TM, Gahbauer EA, Allore HG, Han L. Transitions between frailty states among community-living older persons. Arch Intern Med. 2006;166(4):418-423.
3.Mitchell WK, et al. Sarcopenia, dynapenia, and the impact of advancing age on human skeletal muscle size and strength; a quantitative review. Front Physiol. 2012;3:260
4.Landi F, et al. Sarcopenia as a risk factor for falls in elderly individuals: results from the ilSIRENTE study. Clin Nutr. 2012;31(5):652-658.
5.Peterson MD, Rhea MR, Sen A, Gordon PM. Resistance exercise for muscular strength in older adults: a meta-analysis. Ageing Res Rev. 2010;9(3):226-237.
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7.Gill TM, et al. A program to prevent functional decline in physically frail, elderly persons who live at home. N Engl J Med. 2002;347(14):1068-1074.
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