Column コラム

社会的フレイルとは?~見過ごされがちな健康リスク~

「最近、外出する機会が減った」「一日中誰とも話さない日がある」「友人との連絡が途絶えがちになった」。こうした変化を、単なる生活スタイルの問題だと考えていませんか。実は、これらは「社会的フレイル」という深刻な健康リスクのサインかもしれません。

フレイルには、身体的フレイル、精神・心理的フレイル、そして社会的フレイルの3つの側面があります。中でも社会的フレイルは最も見過ごされやすく、しかし健康に重大な影響を及ぼすものです。今回は理学療法士の視点から、社会的フレイルについて詳しく解説します。

○社会的フレイルとは

社会的フレイルとは、社会とのつながりが希薄になり、孤立・孤独を感じる状態を指します。具体的には、家族や友人との交流が減少する、地域活動に参加しなくなる、社会的な役割を失う、孤独感を抱えるといった状態が該当します。

重要なのは、社会的フレイルは単なる「一人暮らし」や「人付き合いが少ない」ということではないということです。周囲に人がいても孤独を感じることがありますし、逆に一人暮らしでも豊かな社会的つながりを持っている人もいます

○社会的孤立と孤独感の違い

社会的フレイルを理解する上で、「社会的孤立」と「孤独感」を区別することが重要です。

社会的孤立(構造的側面): これは客観的に測定できる、社会的つながりの量的な側面です。

  • ・独居であること
  • ・家族や友人との接触頻度が少ない(週1回未満など)
  • ・地域活動やサークルに参加していない
  • ・社会的な役割(仕事、ボランティアなど)がない
  • ・頼れる人がいない

孤独感(機能的側面): これは主観的な体験で、社会的関係の質的な側面です。

  • ・「誰も自分のことを理解してくれない」
  • ・「必要とされていない」
  • ・「取り残されている」
  • ・「心のつながりを感じられない」

社会的孤立と孤独感は必ずしも一致しません。多くの人に囲まれていても孤独を感じる人もいれば、一人暮らしでも充実した人間関係を持ち、孤独を感じない人もいます。どちらも健康リスクとなりますが、特に孤独感の強さが健康への悪影響と強く関連しています。

○社会的フレイルの判定基準

研究で使用されている社会的フレイルの評価基準には、以下のような項目があります。

基本的な指標:

  • ・独居である
  • ・他者との交流が週1回未満である
  • ・地域活動に参加していない
  • ・困ったときに頼れる人がいない
  • ・誰かの役に立っていると感じない

これらの項目に複数該当する場合、社会的フレイルの可能性が高いと判断されます。

より詳細な評価項目:

  • ・家族や親族との連絡頻度(月1回未満)
  • ・友人との交流頻度(月1回未満)
  • ・近所付き合いの程度(挨拶程度またはなし)
  • ・趣味やサークル活動への参加(なし)
  • ・社会的な役割の有無(仕事、ボランティア、世話など)
  • ・外出頻度(週1回以下)
  • ・経済的な困窮
  • ・孤独感の強さ

社会的フレイルを引き起こす要因

社会的フレイルは、様々な要因が複雑に絡み合って生じます。

ライフイベントによる変化:

退職により職場での人間関係を失う、配偶者や親しい友人との死別、子どもの独立、引っ越しによる地域コミュニティからの離脱など、人生の転機は社会的ネットワークを大きく変化させます。

特に男性は、職場が主要な社会的つながりの場となっていることが多く、退職後に急激に社会的孤立に陥りやすい傾向があります。

身体機能の低下:

歩行困難、慢性疾患、聴力・視力の低下などの身体的問題は、外出や社会参加の大きな障壁となります。「階段が上れないから集まりに行けない」「耳が遠くて会話についていけない」といった理由で、社会活動から遠ざかってしまいます。

また、「人に迷惑をかけたくない」「杖をついた姿を見られたくない」という心理も、社会的引きこもりを促進します。

精神的要因:

抑うつ、不安、意欲低下などの精神的問題は、社会参加への意欲を失わせます。「人と会うのが億劫」「外出する気力がない」という状態では、社会とのつながりは自然と減少していきます。

経済的困窮:

経済的な余裕がないことは、趣味活動や社交活動への参加を制限します。「お金がかかるから」という理由で、外出や交流を避けるようになる方も少なくありません。

社会環境の変化:

核家族化、地域コミュニティの希薄化、デジタル化の進展など、社会構造の変化も社会的フレイルを助長しています。昔は当たり前だった近所付き合いや三世代同居が減少し、人とのつながりを作る機会自体が減っています。

新型コロナウイルスの影響:

コロナ禍により、多くの人が外出自粛を余儀なくされ、社会的活動が制限されました。この影響は現在も続いており、特に高齢者の社会的フレイルが深刻化しています。

社会的フレイルが健康に及ぼす深刻な影響

社会的フレイルを「人付き合いの問題」と軽視してはいけません。多くの科学的研究により、社会的孤立や孤独感が健康に重大な悪影響を及ぼすことが証明されています。

死亡率の上昇

社会的孤立は、全死因死亡率を約50%上昇させることが、複数の大規模研究で示されています。この影響の大きさは、1日15本の喫煙や、重度の肥満に匹敵すると言われています。

良好な社会関係を持つ人は、そうでない人に比べて平均寿命が長く、健康寿命も長いことが分かっています。

心血管疾患のリスク増加

孤独感は、心筋梗塞のリスクを約30%、脳卒中のリスクを約32%上昇させます。これは、慢性的な孤独がストレスホルモン(コルチゾール)の分泌を増加させ、血圧上昇、慢性炎症、血管の損傷を引き起こすためです。

認知症の発症リスク

社会的に孤立している人、孤独感が強い人は、認知症発症リスクが約1.5倍高くなることが報告されています。会話や社会的相互作用は、脳を活性化させる最高の認知トレーニングであり、これが失われることで認知機能が低下します。

うつ病・不安障害

社会的孤立は、抑うつや不安障害の最大のリスク要因の一つです。人とのつながりがないことで、ストレスに対処する能力が低下し、精神的な不調に陥りやすくなります。

身体機能の低下

社会参加が減ると、身体活動量も自然と減少します。外出しない、人と会わないという生活は、運動不足を招き、筋力低下、体力低下へとつながります。これが身体的フレイルへと進行し、さらに社会参加が困難になるという悪循環が生まれます。

免疫機能の低下

孤独感は免疫機能を低下させ、感染症にかかりやすくなることが分かっています。社会的サポートが豊かな人は、風邪やインフルエンザにかかりにくく、かかっても回復が早いのです。

栄養状態の悪化

一人で食事をすることが多い人は、食事の質が低下し、栄養不良に陥りやすくなります。「一人だと作る気がしない」「簡単なもので済ませる」という傾向が、健康状態を悪化させます。

医療・介護費用の増大

社会的に孤立している高齢者は、医療機関の受診回数が多く、入院期間も長くなる傾向があります。また、要介護状態になるリスクも高く、介護サービスの利用も増加します。

○社会的フレイルと他のフレイルの相互関係

社会的フレイルは、身体的フレイル、精神・心理的フレイルと密接に関連し、相互に影響し合います。

社会的フレイル → 身体的フレイル

社会参加が減ると活動量が低下し、筋力・体力が衰えます。これが身体的フレイルへと進行します。

社会的フレイル → 精神・心理的フレイル

孤独感や孤立は、抑うつや認知機能低下を引き起こします。

身体的フレイル → 社会的フレイル

体力低下や歩行困難により、外出や社会参加が困難になります。

精神・心理的フレイル → 社会的フレイル

うつ状態や意欲低下により、人と会う気力が失われ、社会的引きこもりが進みます。

このように、3つのフレイルは悪循環を形成し、相互に悪化させ合います。だからこそ、どれか一つの側面だけでなく、包括的にアプローチすることが重要なのです。

◎社会的フレイルは健康リスク

社会的フレイルは、決して軽視できない健康リスクです。人とのつながりは、食事や運動と同じように、健康を維持するための「必須栄養素」なのです。

「最近、人と会う機会が減ったな」と感じたら、それは社会的フレイルのサインかもしれません。一人で悩まず、小さな一歩を踏み出してみてください。そして、必要であれば専門家のサポートを受けることも検討してみましょう。